東京高等裁判所 昭和58年(ネ)911号 判決
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【判旨】
一<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、自動車、家具、床等のワックスの製造・販売を営業目的とする会社であり、控訴人が昭和四年に個人で始めた事業を、昭和二八年六月に有限会社(有限会社ウイルソンカンパニー)に、次いで昭和五一年一二月に株式会社に、順次組織変更して今日に至つたものである。
2 控訴人は、会社組織に改組以来、昭和五三年一月一〇日にその地位を退くまで被控訴人の代表取締役社長の職にあり、被控訴人は、その株式のほとんどが控訴人とその妻、子らによつて保有され、控訴人を中心としてその子憲一、斉らによつて運営される同族会社であつたが、昭和四四、五年ごろからは、高齢のため控訴人の健康状態が思わしくなかつたことから、会社の業務執行の中核としての地位は次第に専務取締役である次男の憲一に移つていつた。このような次第のところ、控訴人は、健康上の問題と後進に途を譲ることを理由に、昭和五三年一月一〇日、代表取締役社長の職を退いて取締役会長となり、代表取締役社長の職は平子憲一が代つてこれを受け継いだ。
3 そして、さらに控訴人は、健康状態が優れず、社業にもほとんど関与することができなかつたので、昭和五四年七月一六日、取締役を辞したのであるが、その際、控訴人は被控訴人の代表者である平子憲一に対し、取締役辞任後は、控訴人を相談後ママ会長とし、その報酬とし従前どおり一か月金一〇〇万円を毎月二五日に支払うことにより、会社から手を引いた後の控訴人の生活の面倒をみてほしい旨を要請した。ところで、被控訴人には組織上「相談役」若しくは「相談役会長」という役職はなく、その職務として期待されるものは何もなかつたが、憲一は、控訴人からの要請を、会社の創業者であり、かつ父親である控訴人のいわば命令として批判の余地なく受け容れ、被控訴人は約旨に従い、控訴人に対し昭和五五年六月分まで毎月二五日に一か月金一〇〇万円を相談役会長に対する報酬の名目(ただし、途中からは税務対策上そのうちの半額を寄附金の名目)で支払つた。
4 なお、控訴人は、被控訴人から代表取締役社長の職にある間は一か月二〇〇万円の、取締役会長の職にある間は一か月金一〇〇万円の各割合による報酬の支給を受けたほか、代表取締役社長を辞した際には退職慰労金として金五、七一八万七、五〇〇円が支払われた。
以上の事実が認められ<る。>
右事実によれば、控訴人と被控訴人との間には、昭和五四年七月一六日、被控訴人において、以後、控訴人を被控訴人の「相談役会長」とし、控訴人に対しその報酬名下に毎月二五日に金一〇〇万円を支払う旨の契約が成立したことは明らかであるが、右認定のとおり「相談役」若しくは「相談役会長」の役職は被控訴人の組織上にはなく、その職務として期待されるものは何もなかつたこと、また原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、現に「相談役会長」となつたあと、控訴人がその地位において被控訴人の何らかの業務の遂行に当つたことはないことが認められ、そのほか、右認定の経緯に照らすと、控訴人が被控訴人の「相談役会長」になつたのは被控訴人から毎月金一〇〇万円の支払を受けるための方便にすぎず、被控訴人から何らかの業務を遂行することの委任があつたとはいえないから、右契約を有償委任契約の一種とみることはできない。また、控訴人が被控訴人の取締役に在職中、定期に一定額の報酬の支払を受けていたほか、これを辞する際には退職慰労金の支給も受けたことは前認定のとおりであり、これからすれば、右契約によつて支払を約された金一〇〇万円は取締役に在職中の職務に対する報酬とみることもできず、結局、右金一〇〇万円は会社の創業者である控訴人の、会社業務を離れて後の生活維持のため、何らの反対給付なしに被控訴人から控訴人に対して期限を定めず毎月支払われるものであり、右契約は、その趣旨に照らすと、終身定期金契約の要素を含む一種の贈与契約とみるのが相当である。
二ところで、右契約は口頭によつてされたものであつて、これに関する書面は作成されなかつたことは<証拠>に徴して明らかである。
もつとも、<証拠>によれば、控訴人は、取締役を辞任するに際し、被控訴人あてに、取締役辞任後は相談役名誉会長として会社に止まり、従前同様の待遇を受けること等を求める、昭和五四年七月一〇日付の「要望書」と題する書面を提出し、被控訴人の代表者である平子憲一がこれを閲読したあとその欄外に「54・7・10」のゴム印と「平子」の認め印を押したことが認められるが、<証拠>によれば、平子憲一は、会社関係の書面を閲読したときは、このことを明らかにするため右のようにするのを例としており、右「要望書」への認め印の押印等もこれを閲読したことを明らかにする趣旨以上のものではないことが認められ、これによれば、右「要望書」への認め印の押印等をもつて右契約が書面によつてされたとすることはできない。
ところで、<証拠>によれば、その後、昭和五四年一一月ごろから被控訴人において会社内で生じた労働争議を契機として、株主間に控訴人を中心とする派と平子憲一を中心とする派との対立関係が生じ、控訴人と平子憲一との間柄も円満を欠くに至つたこと、そして、このような事情のもとにおいて、被控訴人は控訴人に対し、昭和五五年八月一二日付の書面で控訴人の相談役としての役職を解任する旨を通告し、右書面は間もなく控訴人に到達したこと、そして、被控訴人は、これより先、同年七月からの控訴人に対する所定の金員の支払を停止したことが認められる。
右事実によれば、被控訴人が控訴人に対してした相談役解任の通告は、書面によらないでされた前記贈与契約を解除する旨の意思表示と解するのが相当であり、したがつて、右契約のうち未だ履行が完了していない昭和五五年七月分以降の所定の金員の給付に関する部分はその効力を失つたというべきである。
したがつて、書面による贈与契約に基づく終身定期金契約又は書面による定期贈与契約の成立を前提とする控訴人の主張はいずれも失当たるを免れない。
(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)